辛いとき言えたら良いな

決意の朝に 
Aqua Timez 決意の朝に Aqua Timez - 歌詞タイム

この歌の歌詞が耳に染みる。
辛いときつらいと言えたらいいのにと思う。歌詞のように、強がって、なんでもないフリをする弱虫だ。
自分の感情の我慢が出来ないときや、感情の面倒が見れないときが多い。だから、辛い気持ち、悲しみや寂しさは怒りに変わる。
疲れが溜まるとその傾向が強いかもしれない。 家族のなんでもない言葉に傷つく。他者のなんでもない言葉に傷ついて、涙が出てしまう。相手の気持ちより、まだ、自分が悲しいに目がいく。
だんだん、ツラいも悲しいとも言えなくなって、それには言い訳ばかり膨らんでいく。
我慢が限界に来たら、怒ってしまう。そうしてから謝る事が多い。寂しい、つらい、悲しいというのは、自分だけじゃない。けれども、歌詞のように、自分が一番かわいそうになってしまう。そういうちっぽけな自分に出会うと、また、悲しくなる。

 自分に向けた怒り攻撃でしんどくなってしまう。それで、心のコップが壊れてしまう。不毛な戦いだから、運動したり、自分に厳しく自分の好きなことを禁じてみたりした。けども、全然楽にならない。泣いたら、ダメだと家族は言う。
 そして、自分への攻撃材料を他人に向けてはいけないとも言う。結局、私のコップを大きくするしかないし、自分への攻撃をしないようにするしかない。
 最近、楽だったのは知らぬ間に適度に水抜きが出来ていて、誰にも迷惑をかけずにすんだことだ。
 しんどいときに家でぐうたら寝転ぶ。そうしていても、家族に叱られない。誰の目を気にしなくていい。ツラいのを我慢して、相手に合わせなくていい。ご飯の時間をあわせて、話すことがない。そんな時に、家族と気まずくならない。家族に、変に機を使わせなくて楽だ。
 家族の前で、いきなり泣き出す。それは、コップの水が崩壊するからだ。そういう時に注意されることもない。家族とは離れて暮らした方が良いと、思う。
 けれども、さみしいと思う。ああ、寂しかったのだと、気づく夜がある。

寂しいから、どこにも行きたい気がしない。

職場でちょっと、アドバイスがある。仕事のことは考えずに、趣味を持った方がいい、と。私の好きなこと、趣味ってなんだろう。電池が切れたように午前中は、ゆっくり布団にくるまる。

思い付いたのは、山まで散歩やサイクリングする、映画に行く、本屋さんに行く、アートイベントを見に行く。全部、気がのらない。時間だけが過ぎて行く。あわてて、自分でスイッチを入れて、動き出す。
家事をして、時間をつぶす。水回りの掃除(トイレ、炊事場、洗面台)をし、ご飯を作り、部屋の掃除をし、洗濯機を回し、レンジの掃除をする。
時間があるから、メジャーで布団のサイズをはかる。カバーがない布団を実家から持ってきていた。前に家族から、「カバーを買いなさい」と、言われていた。そのために、お店でメジャーを買う。
サイズはだいたい、155×180?どういう布団なんだろう。インターネットで探すも、カバーサイズがない。サイズのはかり方を間違えたのだろうか。
インターネットでカバーを探すが、よくわからない。仕方なく、次は食器を漂白する。そのあとは、順番に台所用品を漂白する。漂白中は、窓を開けて、部屋の中の空気の入れ替えをした。
寒くて、マフラーを巻く。漂白した食器や台所用品を手洗いし、スペースがないので布巾でふいてから直す。

そしたら、もう夕飯の時間だ。夕飯を食べて、皿洗いがある。さらに、フライパンやお鍋で作って、冷めるのを待っていた。そのおかずを小分けする作業がある。さらに、お風呂に入らねば。