整理のつかない透明

 サントリーの商品のひとつに、透明なミルクティーというのがある。見た目は、天然水だ。でも、ただの水ではない。味はミルクティーそのものだ。
 最近の商品では、そのように味がついている水がある。これは、パッケージがなければ、見た目からは何味かはわからない。味見をしたらば、何味かわかるだろう。
 人間もそう。言葉にしなければ、中身に何かあるなんて、わからない。教えてもらわなきゃ、わからない。そういう私には「生きにくい」という感覚がある。誰しも抱えているものかもしれない。これは言葉にしても、自分でもいまいちわからない。けれども、私の感覚をどうやって言葉にしたものか、すごく迷う。

 私の友人に「うめそと じょうよう」さんという方が居る。その方は、アルコール中毒仏教徒だ。
 本人がすごい、仏教徒ということをアピールされる。何仏教の人なのかは、知らない。彼は、ある施設に勤めている職員さんで、ボランティアを通じて知り合った。

 昨日も夜に涙が止まらなくなり、泣きながら、帰った。涙のわけは、いろいろある。わたしが、乗り越えられていない過去の古傷を自分で話したこともそうな気がする。わたし、桜井三和は、一度死にかけたことがある。それを話すと長くなるから、書かない。何回か、罪悪感に私自身が殺されそうになった。
 
 私について、とてもわかりやすく、説明するなら、うつ病に片足を突っ込んでいると言ったら通じるのだろうか。そうやって、パッケージをつけたら、わかってもらえるのだろうか。透明なミルクティーは、薄味のミルクティーだった。味はするけど、見た目が違うのと、ちょっと水くさい。感覚は自分で理解しないと、わからない。もっと具体的なパッケージをつけたらわかるのだろうか。
 
 うめそとさんと、わざわざ平仮名で書いているのは、私が彼の漢字の名前を知らないからだ。住んでいるところは知っている。奈良市らしい。そこから、わざわざ、京都府まで通っているのだから、すごい。 けれども、それは、うめそとさんが教えてくれた情報で、本当のことは知らない。彼の家が奈良市にあるのは、たまたま、飲み会をそこでやったからだ。家は近くだからと、夜の街に消えた。
 施設で、勤めている。彼は、施設の中では「うめそと じょうよう」というキャラクターが出来ていて、私と話すときには、別の「うめそと じょうよう」が出ているらしい。
 けれども、私、桜井にはそういう切り分けがないらしい。
 まったくらしい、らしいとしか言えないのは、うめさんが断定しないからだ。
 私は、パッケージ化が好きなのでまた書く。一応、病院にもかかっている。定期的にカウンセリングというのも受けている。そして、最近、薬を減らしてもらった。けれども、薬が減ってからか、なにかがたかが外れたように辛くなった。
 最近の心の様子は、知らない。忙しくしていた。毎日、毎日「掃除をしよう」「洗濯をしよう」「メッセージを送ろう」とやることを決めて、動いていた。たまに、心が自分攻撃を始めて、いじいじとする。痛くなる。そういう時は、その時用に薬を飲んだ。8月はそういうことが少なくて、たまに、涙が止まらない日もあったし、たまに人にイライラしたり、たまに、忙しすぎて何もかもがどーでもよくなる日もあった。
 ちょっと、最近、気持ちの体調がよろしくない日が続いていた。少しずつ溜まっていた疲労が気持ちが、バタバタ暴れだした。
 そういう日もあるさと、思いながら自分にひとりで付き合っていた。無理になったら、誰かが助けてくれるさと思っていた。しかし、助けを呼ぶにも人には限界がある。ついに、限界が来た。涙が止まらない。
 理由は、結崎さんに、呼び出されたからだ。いや、理由の説明になっていない。結崎さんは、東京の大学に通っていた。その関係で、地方にも知り合いが多い。理由は知らないが、東京の大学の後輩の方と、その方より後から入社した方々が、うちの花屋を見学に来たらしい。
 ちなみに大学の後輩さんは、香川県で働いていて、京都に本社を持つ企業に勤めていらっしゃるらしい。その方が研修先の若手を見に、関西まで来たらしい。若手は京都と、奈良の方で働いていたらしい。若者には、外回りをさせよという方針のようだった。うちの会社も同じ企業系列だから、結崎さんと知り合いらしい。
 名前は面倒だから、香川さんとする。香川さんと、結崎さんが、大学の同期というなら、嫌な人だと思う。東京の人は、なんでストレートなのだろう。私がアルバイトで、花屋で働いていることを聞き、年齢を聞いた。そして、病気のことも聞いた。
 そしたら、「この市程度でしんどいと言うなら、忙しいとこは無理」とあっさり切り捨てた。あっさりし過ぎて、後から傷に気づいたくらいだ。結崎さんのことも「優しい」とか「五センチ、地面から飛んでいる人」とか言う。なぜ、そういうことを本人の前で言うのだろうか。さらに、謎なのは、5センチという微妙な数字なこともだ。なんだろう。
 その呼び出し日が木曜日だ。前日、水曜日に私は会社を休んだ。火曜日の帰宅後に、波が来た。病院にもかかれず、辛くて、家族に連絡した。そうしたら、心配で来てくれたようだった。けれど、「もう、薬を大量に飲んで楽になろうとしないように」と、事前のメールには書いてあった。
 目の前に居る家族は、お米を持ってきてくれた。お礼を伝えた。
 「来てくれて、ありがとう」けれどもと続く。「いちいち、言葉のボールで私を打たないで。痛いから。もう二度目はないよ」と釘を指した。そんなこともあり、結局仕事翌日にを休んでしまう。

………水曜日の晩
 結崎さんから、「平気?」というメールが来て、「気晴らしに、ご飯とかどう。会社の後輩が来るの」という。最初は、なんとなく行きにくいと思った。
だから、「私なんかがいてもいいのですか。」と聞いた。
結崎さんからは「私だって、ひとりじゃ寂しいから」と返事が来た。
モヤモヤした。けれども、声かけが嬉しくて、最後には「行きます」と返事をした。
 結崎さん、後輩の香川さんと私で女三人と、若手の男の子二人は、職場の前で待ち合わせた。
 
話の流れで「20万くらい自分に投資しなさい」と、香川さんからは言われた。
 帰りに結崎さんに、「話し足らない」と、話をしようとした。そしたら、私のせいで結崎さんが、課長さんから大目玉をくらったらしいと聞いた。
 なんだろう。悲しいと思った。私は生きてるのがすまないと、思った。
帰り際に涙が止まらなくなった。泣きながら、夜道を歩いた。
なにがどうなって、生きているのがつらくなったのか、わからない。ただ、悲しかった。わたしは馬鹿で、仕事も出来なくて、結崎さんには迷惑をかけていて、なんでだろうと思う。
 なんで花屋になりたいと思ったのだろう。なんで、教育実習をあきらめたのだろう。なんで、誰かの悪口ばかり言ってしまうのだろう。
 多分だけど、怒るのも悲しいのも、その感情を自分に許せる家族がいたから、彼らにぶつけることが出来た。それは、とても甘えていた。今はひとりで、どうにもならなくて、泣くことすら出来なかった。自分に甘えることが出来ない。
 なんでだろう。本当は、悔しくないのじゃないだろうか。そう、思っていた。あと、前に感情表現をするのは、場をわきまえろと言われた。だから、ひとりで夜中に泣いていたのかもしれない。ひとりで泣くしか出来なくて、頼りなかった。寂しくて、たまらなかった。仕事中の中川さんに電話をした。出てくれるわけもない。
上から数えて、伊勢田さんも出なくて、最終的にうめたけさんに行った。久しぶりに、ほんまに久しぶりにうめさんに電話をした。うめさんは、話を聞いてくれた。最近は電話が減っていた。
電話口でめちゃくちゃ笑われた。いきなり、泣きながら、電話をして来たら、ビックリするだろう。今ならそう思えるけど、そのときはそうは思えなかった。
笑ってくれていて、少し安心した。あ、良かった。私が泣いても、怒らない人が居る。うめたけさんは、そういう所が優しい。本人は認めたがらないけども、実は面倒見がよくて、厳しい。
厳しい癖に優しい。

けれども、相手にも限界がある。自分で自分の面倒を見ていかないといけないのに、誰かに頼るしか出来ない。我慢できる日数には限りがある。

梅さんと話していて、私みたいに言葉が通じない相手は、健常な人間を相手に通じる言葉を見つけなければならないと言われた。
さらに、自分が生きにくいという感覚を相手に、ぐいぐい押し付けすぎてはいけないとも言われた。
結崎さんからも、帰り道に似たようなことを言われていた。
整理がつかない。結崎さんに言われて傷ついて、うめそとさんからは、気にならない。

今のところ、さまざまな出来事がごちゃごちゃしている。
まず、必要なのは、論理的に相手に話す力だ。思い込みでなく、見たままをだ。
さらにそれは、脳内翻訳する機械を、頭の中にも作る事だ。
 わたしは生きにくい。とりあえず、コップの中に怒りも憎しみも溜め込んだら、泣くしか出来ない。
 自分で泣けるようになっただけ、マシだ。前は、子どもみたいに、誰かが居ないと泣けなかった。甘える人が居ないと、泣けなかった。けれど、最近、一人で泣けるようになった。
 いちいちミルクティーには味がついていり。パッケージでそうやって、宣伝しなくても、泣けるようになった。これは、進歩らしい。とうめさんは言うのだ。けれども、本当かしら。

ただ、うめさんみたいに、一緒に居てくれるだけで、いいのだけどと思った。それは、うめさんが私の居るとこまで降りてきてくれてるからだろうか。