チラシの裏のメモ書き

嘘と本当もあるちゃんと言えないブログ

漫画収集とか。

 漫画は、絵と文章がうまくないと、ちゃんとした作品にならないそう。漫画が規制されたら、そこから文字だけに移行する層が減る気がする。
 公共図書館は基本はまんがを収集しないけれど、変な話で、手塚さんや里中さん、長谷川町子さんの作品なら7類の絵画、美術で昔は収集している所もある。あと、三國志の漫画や、源氏物語あさきゆめみしの漫画も。歴史や文化というくくりなのかしら。
 漫画を規制されたら、本に飛び火する。他の、表現物にも規制かとびひする。事例が一つあるだけで、すべてが規制対象になる可能性が出てくるから、漫画を守らないと表現の文化が危ない。
 図書館は漫画の規制に興味がないけど、漫画も大事だなと思う。

 わたしは、漫画は苦手だけれど、『うつ抜け』を読む。うつ病や、それに関する精神的な病気に関する本は、当事者の本より、医療関係者、治療する側からの治療者からの治療の教育的視点の本が多いと感じる。『べてるの家』関係の本には、共感的に読めるものがあるかも知れないが、図書館にはほとんど、置いてなかった。"ツレがうつになりまして"も漫画だった気がする。 
 治療で『こうしたらいいよ』は、わかる。自己対処療法が、出来ない時に、自分を責めない方法が知りたい。治療の本は、大きなくくりで客観的に傾向の多い病状に対する対処療法が描かれる。担当医から聞く話も多い。そうではなく、共感的に困ってるを克服する当事者視点の本が読みたい。
 自分の対処方法は、寝る、運動する、話す、書く。ここまで回復するのに、教育的な対処医療本はほぼ読めず。行動対処療法は、認知が歪んでいたら、途中で苦しくなる。自分の場合だけど。本を読んだら、治りがもっともっと早かったのかな。困ってるズメルマガは、共感して読めていた。 
 人には、『言わなきゃわからない』と言われるので、一応普通に見えるらしい。普通ってのも変だな。困ってるズのメルマガ、本にならないかな。人は察する能力はあっても、それは一度しか会わないの公共の場では通用しない。ヘルプマークも、関心を持たないとわからない気がする。本もそうかしら。
 あと、普通でないこと、人を排除しないでほしい。当事者による、様々な事件があると、厳罰化や、現実から隔離した施設への排除に行く。そういうのが苦しい。なにするかわからない、危険だ、隠し、隔離してしまえ。規制してしまえ。そうしたら、少なくなるだろうから。当事者は、明らかにするのが怖く萎縮するしかなくなる。
 すべての当事者がそういう事件をおこすわけではない。隔離は、無理解を引き起こす。知らないことは、怖いことだ。知ろうとすることは、怖いことに足を突っ込むことだ。自分の無意識の思い込み認識のフィルターと戦うことだ。

 それと、無理解というのは、苦しいこと、苦しみの連鎖を起こすことだと思うことがある。親が子の病状を知らず、普通に生活させ、適切な治療や機関に繋がれなくて、環境に合わなくて、周囲の無理解に本人が苦しんでいた。周囲も、適応しない、本人への対処に困り、怒り、苦しんだ。その人は、中年までそうだった。中年になり、いきなり診断名がついた。本人も、周りもなかなか、簡単には受け入れられなかった。中年の子の親は、病気や治療や、適切な対処がわからないから、普通にしろ、出来ないのはおかしいと無理強いしていた。叱っていた。というのは、知り合いの話で、おじさんがそうらしい。普通でないことに、怒っていたのは、亡くなったおばあさまらしい。連鎖の友人は、ひどいことをしたと言っていたが、許せないことは近いからだろう。知識がないこと、適切な知識の必要性を感じていると、彼は言う。