チラシの裏のメモ書き

嘘と本当もあるちゃんと言えないブログ

絵本「おこだでませんように」

今週のお題「読書の秋」
この絵本は、お話にわたしの大人の部分と子どもの部分が共感しすぎて、冷静ではいられなかった。だから、感想がまとまらない。ずいぶんと、長い文章になってしまった。

 『おこる』という言葉には『怒る』と、『怒り』という使い分けがある。「しかる」ではなく、そう表現されたのは、大人側の感情「怒り」が主人公に感じられたからだろう。

 内容は、語り手の「ぼく」の一人称で始まる。「ぼく」は、自分がその場で良いと思って、やったことを大人からおこられる。もし、その場で大人に意図を説明したら『もっとおこるにきまっている。だから、ぼくはだまって』横を向き、『なにもいわずにおこられる』。そして、昨日、今日、明日と『おこられる』日が予想されて、続く。そんな日々の中で、七夕にぼくは願いごとをかく。

 私が怒る側の大人ならば、語り手の「ぼく」は叱っても、ふて腐れた様子を見せる子だと思う。可愛いげがない。叱っているのに、たまに、とんちんかんな事を言う。話を聞いているのかと、感情的に怒りがわくとも思った。

 一方で子どもの部分は語り手が、怒られ、萎縮する気持ちに共感した。怒られることは、理不尽な怒りだと無意識にわかっていても、怖いのだ。私は、子ども時分に怒る人には、言ってもわかってもらえない。そんな諦めがあった。だから、叱られてもその場では、なにも言わなかった。すぐに言わなかったせいで、気持ちが心にたまっていた。いっぱいになった気持ちは、ちょっとしたことで爆発していた。高校生の時に自分の気持ちは言わないと他人にわかってもらえないと学んだ。そのあと、働き出して、自分の気持ちは、伝えるのも大事で、時には、大人としては伝えないことも大事だと学んだ。しかも、時と場所、方法も大事らしいと学びつつある。そして、最近にいたる。 
そんな私だからこそ、子どもの「ぼく」には、黙って諦めずに伝えていってほしい。わかってくれる人も居るからと、思う。主人公は、まだ小学一年生だから、まだ成長する中で学んでいけると思う。

 また、個人的な経験からいくと、叱られた時にこちらが頑なになると、人によっては「陰にこもる」とか、「かわいくない」と思う人もいる。それが、論理的に叱るということから、逆に怒りという感情に火をつけてしまうこともある。それを口に出してくる人もいる。そう言わない人もいる。経験上、もし、言われても人の言葉を、気にしすぎないで欲しいと思った。それは怒りから来た言葉で、あなたを思っての言葉ではないからだ。小学生には、理解は難しいと思う。ともかく、感情的な怒りと論理的に叱られたことはわけよう。

 そして、大人(先生、お母さん)には、子どもにも意図があり、一方的にその場だけ見て、判断しないで欲しいと思った。言うはやすしなので、私も意図をくめる、聞く姿勢を持つようにならねばとも思う。行うのは、難しい。日々、日々、精進。