母との関係

身近な家族関係が、大人になった時の人間関係での繰り返しパターンを作ってしまう。そうしたパターンを心理学的な療法で直そうとしている。しかし、なおりたくないと気づくことが多い。

パターンの繰り返しが気持ちよくて、無限ループにいる。

結崎さんから、メールが来た。上司と揉めたから、しばらく休む。あなたも似たようなところがあるから、気をつけなさい。私たちは正しいから、時には叩かれてしまうのよ。だから、他の人から叩かれないように、防御(普段の業務)はしっかりとやらなきゃダメだからね。新しいことは、提案するまで3年待ちなさい。
そういう内容だった。不幸の手紙のようで、ものすごく感情を乱されている。

感情の乱れは次の通りだ。
メールをもらった日の朝。一日目。
結崎さんを慰めたかった。ひどく、傷ついているように見えた。
「あなたを、必要としている。あなたは、必要とされている。」
返事のメールには、そう書こうと思った。

結崎さんは、己が正しいと思うことを相手がやってくれないと、徹底的に相手をやり込めようとする所がある。しかし、それはある面では正論なんだけど、相手を酷く傷つける言葉を使う。なぜなら、過去に酷くやり込められて潰されそうになった経験があったから、そういう言い方になってしまうらしい。けれども、結崎さんは、感情的になると、やり込めるために、言い過ぎてしまうのだ。相手の弱点をつきすぎてしまうのだ。
私は、何度か結崎さんに叱られ、傷ついた。けれども、それが正しいのだと思い、私は直さなければならぬと思い、頑張ってきた。
結崎さんとわたしは似ている部分がある。己の正しさを貫いてしまう強引な部分だ。人の心には、いつも1枚薄皮がある気がする。それを傷つけたくなるのだ。自分が傷つけられたから、そうしたくなる。

他人は、結崎さんが、意地の悪い言い方をするという。その意見は、私は聞かないようにしていた。
私は叱られ、酷くやり込められたあとも、結崎さんに必要なことを聞いた。すると、普通に接してくれていた。でも、私は一生懸命に、傷つかないように、頑張っていた。一生懸命に、相手の顔色を伺い、機嫌を伺っていた。
私には、多分、知らぬ間に傷つきすぎて、防御が出来ない部分があるのかもしれない。
結崎さんは、上司で、私より頭が良い。正しいから、言い込められても仕方がないのだと思っていた。

この構図は自分の母親と、わたしのようだ。互いに傷つけい、傷つかないように、顔色を伺う。なぜ、職場でも同じことを繰り返しているのだろうか。

私も、過去に学生時代に何回か、人に言ってはいけないことまで言い過ぎていた。そこを叩かれた。その時に、その人から逃げた。
だから、結崎さんも傷ついて、疲れて、逃げたくなってしまったのだろう、と思った。

二日目。
わたしは結崎さんに対して、感情的になり、怒りがわいてきた。メールに、書いている内容の、さまざまなことが許せなかった。
わたしは言われた仕事をして、それ以上に言われていない仕事を考えて、している。
結崎さんからは、「防御をしっかりとしなさい」という最後が同じようなメールの文を何回も、もらったことがある。
前は、「がんばります」と返事していた。今回は、素直にがんばりますと言えない。
結崎さんと、わたしは同じ職場で働いている。
上司の彼女は、仕事が違うから、結崎さんはたまにしか、私の仕事のヘルプに来ない。そのくせ、私の仕事が出来ていないだろうから、頑張ってという内容を送ってくる。
今は私の中にぐるぐるする怒りは「毎日業務を見ていないあなたに言われたくない。あなたは、ほとんど知らない」と思う。「3年、しっかりやれ」と言うのも、3年も同じような環境でいれと言われたようで怒りがわいた。
自分たちが正しいなんて文も嫌いだ。そんな風に、思いたくない。また、仕事の同僚を罵るような文も嫌いだ。
私は、たまに仕事面で、同僚の温度差に許せないことがある。けれども、同僚と働くことでわたしには足りない所があるとわかる。温度が違うのは仕方ない。わたしは私だけで熱いのだと思っていた。別に周りに熱くなれなんて、思っていない。
結崎さんを頼りにしている、同僚たちを罵る言葉が許せなかった。
同僚は、突然休んだから、何があったのだろうかと、表面上はみな、心配している。仕事に支障も出ている。

結崎さんは、私とは給料も立場も違う。
結崎さんは固定給があり、しっかりと休める日数も決まっている。
私は固定給ではないから、休んだら、それだけで死活問題だ。行
った日数しか、給与が出ない。その点も、許せないと思ってしまった。

今は、結崎さんは休む時期なのかもしれない。
私はまた、許せないことを思い出す。辞めた男性のことだ。彼は精神的に仕事が辛くなって、職場を休み続けて、最後に辞めた。その人を結崎さんは、「あの人は逃げた」と言った。そんな風に、彼を言うべきではない。
職場の同僚は、優しく彼女のお母さんのように、結崎さんを見ている。
けれども、私は許せなかった。
休み続けた人に、塩をかけた結崎さんが、自分も休んだのだ。自分の痛みは良くて、誰かの痛みは良くないのだろうか。
そして、私が以前に体調不良で休んだときも、塩をかけられた。申し訳なくて、言葉をかけに行くと、結崎さんからは、「(プレッシャーで)休まれたら、困る」と言われた。

三日目。
全然違う。どうして、結崎さんをわかってあげる人が居ないのだろう。正規職で、結崎さんをわかってあげることの出来る人がいない。そして、多分、私は叱られて腐っていて、自分でも、どうして良いのかわからない。休んでいて、聞きたいことがいっぱいあって、困っている。どうしたら、うまく言えるのだろう。

四日目。
結崎さんが不在で仕事に影響が出ている。仕方なく、結崎さんにわからないことを質問した。しかし、『あなたは防御を頑張れば良いと、数日前に書いたわよ。何をしているの』と返事が来た。しっかりした答えをくれない。

 わたしは体育会系根性論でがむしゃらにやってきて、辛くなったから、薬を飲むはめになった。でも、上司の言葉には従うしかない。本音が言えない。はいか、いいえ、だけだ。
怒りに任せて書いてしまった。
『あなたが休んだから、仕事が私なんかに回ってきた。もう、言いません』と。
結崎さんからは、『申し訳ないと思っている』と返事が来た。
もう、遅い。
怒りがわいた。

いい加減に、論点ずらして、人を叱りとばすのはよしてほしい。そうじゃなくて、ちゃんと仕事の引き継ぎをして欲しい。誰が質問しようが、ええやないか。上から、自分が気にかけてもらえへんのにへそ曲げてるだけやんか。ええ加減にしてくれ。質問の方法が悪いのか、どうしたらいいのかわからない。 

五日目。
自分の中で、怒りが暴走する。結崎さんが休んだ理由を、職場内で言いふらす。
自分の感情でつっぱしって怒られて、嫌になって休んだ。それは、個人の自由や。けども、仕事について聞いてるねんから、ちゃんと答えて欲しい。お前の役割と違うとか、叱らないで欲しい。申し訳ないと思うなら、ちゃんと仕事して。引き継ぎしてくれ。ええ加減に叱らんでくれ。

七日目。
わたしは、怒っていた。けれども、結崎さんは、いろいろな所に勉強に行っていた。怒っていたので、出勤してきた結崎さんにも、怒っていた。噂話もした。けれども、結局、気持ちが悪くなった。私から、謝った。
ゴニョゴニョと、最初に謝った。『私が口答えして悪かったです』と。
そして、『あなたが居ないと困る。仕事が回らないんだ。子どもみたいに反応するのはやめて欲しい』と伝えた。
職場の問題点は、わかった。今回のことも含め、わたしの問題点もわかった。
そういえば、同じことをわたしも結崎さんに言われた。謝った時には、結崎さんは、ニヤニヤと笑っていた。なんだか、こちらが恥ずかしくなってしまった。
別に当たり前のことを伝えているだけなのに、結崎さんは、よくわからない。
よく考えたら、まるで、お互いが居ないと仕事が回らないと考えているみたいだった。こんな考えは、バカだ。

結崎さんとの関係は、自分の母親との関係に似ている。『あなたは、わたしと似ている』と、結崎さんは、言う。そうかもしれない。それは、結崎さんの性質が私やわたしの母と、似ているから、そうなるのだと思う。
結崎さんが感情的になり、仕事を休む様のは、まるでうちの母親みたいだ。
母親も、よく、怒って仕事を休んでいた。けれども、彼女は昔はつらそうだった。

今のわたしは、母についていけない。結崎さんも、母みたいに仕事を休んで、好きなことをしている。

わたしが謝るのも、うちの母との喧嘩の構図と似ている。気持ちが悪い。
上司が休暇を取るのは、上司の自由だし、休暇中に邪魔されないのも上司の権利らしい。
ああ、この感情は伊世さんにも感じている。
伊世さんが遅れてくるのは、仕事で疲れているからだ。そして、伊世さんが、わたしのメールに返事をするのも、しないのも、伊世さんの自由だ。
なのに、許せないと思ってしまう。
あるブログに人の時間、人生を奪わないという諭しがあった。
どうして、自分の思う通りに行動してくれないと、イライラしてしまうのだろう。
わたしは頑張っているのに、わたしは伊世さんをこんなにもたくさん優先しているのに。
わたしは、結崎さんに叱られるから、誉められたいから、頑張っているのに。
どうして、あなた達はわたしと同じようにやってくれないのだろう。
うまくいかなくなるのは、わたしが悪いのだろうか。
どうして、こんなに他人を優先してまで自分が辛い思いや、苦しみや、悲しみを背負ってしまうのだろう。
どうして、他人を許し、他人の好きにさせるということが出来ないのだろう。
好きだから、認めてほしいじゃ、相手はしんどくなってしまうのにな。
相手に求めすぎて、自分が与えることを忘れてしまったから、伊勢田さんみたいにわたしに別れを告げてくるのだろうな。
今は伊勢田さんと居ても苦しくない。
全然、期待していないからだ。
なんで、好きになると、ラブでも、ライクな感情でも、求めすぎてしまうのだろう。
自分はそれほどの相手だろうか。自分が優先になってしまうのだろうか。
自分が好きなのだ。自分の気持ちが一番なのだ。
相手はどうでもいいのだな。
自己愛を脱出したい。