適齢期という呪い。

昨日、人から妊娠発表。おめでたい。最近、おめでたいことを聞くので、良い。たまたまか、周りから、幸せオーラが溢れてる。でも、なんか体が辛そうで、心配。妊娠したことないけど。その方は最近、気持ちが悪いとか、たまに言ってたから、余計に心配になる。

決めつけたらあかんけど、おめでたいと、心配は裏表なんだな。わたしは、ここ数年、ちょっと心がズキズキしていた。結婚したとか、妊娠したとかをポツリ、ポツリと耳に聞き出したからだ。幸せなことは、嬉しい。けれども、隣の青々した芝生と比べてズキッと、自分の気持ちがささくれていた。
自分がきちんとまだ、自分を幸せに出来ていないし、人は人と割りきれなかった。
でも、自分にはまだ、関係ない話だった。

昨年、市役所で働きだした時に言われた。
母方の祖母から「職場に、好い人居らへんの?」「好い人が見つかりますように」と。祖母やうちの母が結婚した年齢に近づいてきた。母にも「あんたの年齢の時には、もう結婚しててな」とも言われた。
何気ない言葉がズキズキする。
出来るものなら、したい。けど、まだ、役所で働きだしたばかりだ。まだ、スタート地点なのに、201X年は結婚は、自分のキャリアを捨てるような考えにも見えた。考えたくない、モヤモヤズキズキした痛みがあった。あと、わたしは、結婚してはいけない、と思っていた。自分を自分で支えられないし、今のままじゃ、ダメになる、とも。
それとうちの父方の家系の女性たちが、結婚して、ストレスで精神的なケアが必要になったという話を聞いていた。最後は、ケアが必要なくなった人も居るのだけれど、そうじゃない人も居て、最後はうちの家で亡くなっている。自分もそうなるのじゃないか。相手に申し訳がない。そして、わたしのおばも、精神的なケアが必要な人だ。
わたしの状態が悪い時に父が呪いをつぶやいた。
「桜井の女性は、あかんのちゃうかな」と。
何気ない言葉に傷ついた。男に生まれてないだけで、勝手に申し訳ないと思っていたのに、女もあかんのか、と。父の言葉でさらに、結婚出来ないと思った。
少しイライラもした。

一方で結婚したいなとか、お子さんが居て、幸せそうなタイムラインを見て、羨ましく思っている。矛盾する。
今も、ズキッとする。けれども、妊娠して、つわりがキツくて、気持ち悪そうにしてる人を見て思った。
隣の芝生は青い。青々させるまでは汗をかいて刈っていたり、肥料や、水やりとかがある。
結婚しても、妊娠しても、それって、ゴールじゃなくて、違う道のスタートなんじゃないかな、と。お付き合いするにして(お付き合いしてて)も、スタート地点で、ゴールじゃないんだよな。 
今年は人を幸せにしたいと、思った。自分の周りが、好きな人が健康で笑顔で、幸せであったら、自分の気持ちも平穏だなとも気づいた。
父方の祖母が老いていき、亡くなった。母方の祖父母が体を壊して、相次いで病院にかかる羽目になった。その時々で、自分がすごく動揺して、つらかった。つらいのが嫌なのは、自分勝手かもしれない。
父が早引きしたと聞いて、動揺したりする。地面がぐじゅぐじゅと崩れていくような感覚がある。
幸せを作りたい。

桜井家がなんだ。血がなんだ。年齢がなんだ。タイミングはわからない。今がいいのかも、わからない。

わたしは、わたしの幸せを作っていく。そんなのに、血筋も他人も関係ない。

ほんで、幸せなのはいいことなんだ。