片想い-婚約前に(桜井の場合)

 小学生の頃だった。三和のおばさんが、今の旦那さんと結婚する前にお見合いした男性との、結婚が破談になった。そう聞いた。理由は、家族、相手の母親の強い反対だったそうだ。
 三和は幼くて、その話を聞くともなしに『そんなこともあるのだろう』と聞いていた。だが、いざそれが自分の前に降りかかると、ずいぶんと重くのしかかってきた。
 他人事は、なかなか、自分事になるまで、時間がかかる。
今日、三和は中川の母の話を、聞いた。
彼女は己の行動を内心振り返り、『私はあまり、良いように思われないだろう』と、思った。
具体的にふりかえるならば、例えば、心療内科にかかっていることだ。
 三和は5年間の治療の中で、何回も自分で自分を傷つけてきた。
 第一は風邪薬を大量に飲んだことだ。飲んだ理由は、気持ちがつらくなったからだ。訳のわからない気持ちの辛さから、身体に痛みを与えて、逃れようとした。その結果、胃液をたくさん吐いて、体調が悪くなった。三和を見つけたカウンセラーには、すぐに病院に行くようにアドバイスをされた。しかし、駆けつけた家族は三和を一晩放置した。いろいろ理由も、あったのだろう。翌日に病院に連れていかれた。病院で、胃洗浄をした。また、母親の体面を気にする面を、病院の医師が注意していた。三和が朦朧とする意識の中で、看護師の言葉に一晩放置されたことや、自殺願望をほのめかしたからだ。
それを地声の大きな医師が聞いて、『なぜ、一晩放置したのか。早く連れてこないのか』や、『自殺願望があるなら、専門医に』など、付き添っていた母親に伝えた。母親は、三和が横たわるベッドの周囲に、同じ自治会の知り合いを見つけた。そのために、余計に『知り合いが居るので、声を押さえて欲しい』と返事を返していた。母親の様子に医師が怒りをあらわにし、余計に声を出した。『奥さん』と、『あなたは……』しか三和には聞こえなかった。どうやら、叱られたと母から聞いた。しかし、母は反省もせずに、病院の医師の地声の大きなことや知り合いが居るから困るということをブツブツと呟いていた。
なぜ、自分が叱られなければならないのか、とも呟いていた。
 母親は、心細くて、三和の友人(と母には伝えていた)、当時付き合っていた彼女、伊勢田京を呼び出した。京の顔色は、うす青く、唇は紫色だった。三和はそう、記憶している。『京を呼び出さないで欲しい』と三和は思った。
 三和は、母親の心細さに、京を巻き込まないで欲しかった。京の顔を見て、母親は恐れおののいていた。母親曰く呼び出された『(京が)恐ろしい顔をしていた』からだった。もちろん、京が三和に対して怒っていたというのもあるだろうし、仕事の疲れもあっただろう。怒りは、心配の逆の表現なのではないかと、三和は思う。心配ということを表現出来ずに、心配から『なぜ、こんなことをした?』という怒りに変わったのだろう。三和の勝手な推測だが、そう思う。
 母親の意図にも気づいて、京はそれが嫌だったのではないか。
 今となっては推測に過ぎない。呼び出した京の表情にも、驚き、それを隠そうとした。
 母曰く『心配しているように見えない。怖い、こわい顔だった』という。
 第二に、三和は自分の髪をき、坊主にしたこともある。その時は、伊勢田に自ら別れを切り出した時だった。これ以上付き合っていても、お互いのためによくないと三和は思っていた。しかし、あまりの辛さから、自分が悪いと思った。自分の罪悪感をどうにかしたいと思った。
 髪は女の命だ。伊勢田に謝罪もできず、ただ、見た目で気持ちを表現したかった。
 当時、電脳組というアイドルグループの根岸みな子が、スキャンダルを起こして、週刊誌に取り上げられた。その事で、本人が謝罪のために、土豆という動画サイトに動画を乗せた。動画では、自ら剃髪したという頭で、涙ながらに謝罪をしていた。動画の再生回数は伸び、様々なメディアが取り上げた。
 三和も、その映像を見た。罪悪感のおさめ方はこれだと三和は思ったかもしれない。本人もよくわからない。ただ、がむしゃらに髪を切った。帰宅した母は、三和を見て、驚いて、意味のわからない物体を見るように睨んだ。
 『なんで、こんなことをしたの?』と怒気を含み、彼女は言った。三和は、泣きながら、謝った。そして、涙ながらに散髪屋に連れて行ってくれるように頼んだ。母は、散髪屋に向かう途中で『まさか、自分の娘がおかしくなって、髪を切ったとも言えないし』と三和に向かって言った。 
他にもいろいろあるが、三和には思い出せない。治療の課程で罪悪感から、窓から飛び降りようとしたこともある。罪悪感より、死ぬことへの恐怖が出た。
 病院にかかる時の初めは川に入ったが、生きていた。それから、止まらなくなった。己を傷つけること、罪悪感から逃れることだけが三和には、自分を救う手立てだった。
 母は三和の前で数度『娘がおかしくなった』と言った。
 三和が問いただすと、『そんなこと、思っていない』と母は言う。
 思っていないことは言えまい。自分の口にした言葉を認めまいとした。三和には、母親が母親自身に嘘をついているようにしか見えないと思うことがある。人の傷つくようなことを言うと、最後には『こんなこと、思っていても言えないし。言うわけない』とつける。
 そして、三和が反応すると『例えばの話やて。例えばの…』と意味のわからない言い訳をした。
 話がそれた。世間では、三和の諸行は『頭がおかしい』部類に入る。だが、三和は生きてきた。
 そして、様々な罪悪感から来る頭のおかしい行動に、両親の特に母の無理解な言葉を浴びながら、過ごしてきた。
 そんな中で紫舟さんという理解者も得た。中川は、三和の家に泊まりに来た。紫舟さんのことも、知っている。
 中川は忙しい中でも、時間を作り、三和の家に来る時間を作ってくれた。
 だが、両親には心配をかけるからという理由で、内緒にしていたようだ。
 三和の家に挨拶に来るように頼んだのは、三和だった。
 三和は、駄々っ子のように『伊世さんの家にいきたい』と言ってみた。
 中川はいつも、笑って、話をぼやかした。三和は思うのだ。多分、うすうす、中川の母は、三和を知っているだろうと。
 中川が、友だち付き合いの頻度が急にあがったので、何かに気づいているのではないかと。
中川が、母と面談をしに、家に来たので、三和も思いきって頼んでみた。すると、中川いわく『(母は)相当の心配性』らしいと聞いた。
そういえば、中川はデートの時はいつも、彼の母に『夕飯を食べてくる』と細々と母に連絡を入れているのだった。
 三和の家に泊まる時も帰るときも、時間を計算して、『母が』と口にしていた。
 三和は妄想する。息子に迷惑かけないような人、息子を支えるような人に、結婚して欲しい、そういう人と結ばれて欲しいと望まれているのかもしれない、と。
話の流れで三和は、中川が『しっかりした人なのは、きっと、お母さまがしっかりしてるからだろう』と思った。
三和の想像は続く。親は、誰も子どもに苦労をかけたくない。子ども本人がそう、望んでいなくても、親はいつまでも、親だ。心配だ。
 三和は思う。
『わたしの親も、きっと、私が泣くようなことは望んでいないだろう。』と。
 付き合うというのは、二人だけの問題で済むかもしれない。しかし、それに息子を愛する、娘を気にかける親にしたら、先に結婚が見えているのかもしれない。
先々のことを考えたら……。

三和は心配だった。自分がジャッジされる対象になるとは、思ってもいなかった。
まだまだ、ふわふわとしているので、結婚にも恋愛にも遠いだろうと、三和は思った。さらに、中川の母親に気に入られるという自信もなかった。
現実は、甘くない。付き合う段階ですら、家族と会うことすら、厳しい。
中川にしても、三和にしても、互いのパートナーの親にしたら、二人は互いに大事な子どもなのだ。
だから、目が厳しくなる。だから、自分のためにも中川にふさわしくなるように、頑張らねばいけないと理屈ではわかる。
しかし、感情が追い付いていない。所詮、その程度にしか考えられないのかもしれない。出来ていない時点で、中川と共に生きるという道を離脱したのと同じなのだ。
契約者でも、家族に気に入られなければ、結婚は無理だ。
 結婚は二人の気持ちが大事だろうが、そこまで行くのには、壁がある。