寂しさを抱える(桜井)

 今は、三和は中川の買った家で、部屋を借りて、二人で暮らしている。しかし、中川は、ほぼ仕事で帰らない。たまに、帰るとご飯は一緒に食べるが、寝るときは二人とも別々の部屋だ。
 掃除や洗濯、家事の一貫で中川の部屋に入ることもある。それは、伊世も、許可している。ただ、お互いにそーっと、相手の領域には踏み込みすぎないように遠慮をしている。伊世が帰宅した時には、伊世が家事をする。掃除も、洗濯も、職場でやっているからか、三和よりうまいとさえ思う。
 けれども、伊世も、三和の部屋に入るときは、気をつけている。机のものに、触らないなどだ。
 三和には、恋人が居る。伊世にも、多分、好きな人が居るかも知れない。
 中川には、三和は恋人の菰野 紫舟(コモノ シフネ)さんを紹介した。三人で食事に行ったこともある。紫舟さんは、男みたいな格好をしている。三和より、3才年上の女性だ。今は、病院で、働いている。三和は、花屋で働いている。
 中川の不在時には、紫舟(シフネ)さんを読んで、一緒に過ごす。けれども、お互いに仕事の都合で会えないことも多い。
 中川の家で伊世と二人で住んでは居るが、ほとんど独り暮らしをしているに近い。
 三和には理由があり、定期的に里帰りをするように実家から言われている。どんなに「嫁に来て、独立したから」と母親に口先で強がっていても、寂しい。だから、三和は己の感情に従い、実家に帰っていた。けれども、里帰りしても、寂しさは消えないと気づいた。どこにいても、ひとりぼっちという感覚は抜けない。
 三和の両親は、三和を甘えさせて、育ててくれた。だが、三和には、兄が居る。兄の方が、両親にいちばん愛されていると、三和は思うのだ。そうして、愛情も、三和より特別に集中していると思う。
 三和は、実家に帰ると習慣的に行うようになったことがある。それは、仏壇の前で、手を合わせることだ。祈る中身は決まっている。
 三和は、宗教で、自分の病気は治らないと思っている。また、両親が、自分が同性を好きなことを受け入れていないと知っている。だからこそ、中川伊世(異性)との結婚を喜んだ。また、三和が普通になるようにと思って、お寺などに、お金を納めて、病気が治る札をもらっている。それは、三和にしたら、受け入れがたい事実だった。
最近、梅さんに、こう言われた。
『三和は、両親のこと、変にフィルターで考えすぎなんちゃうか。親は自分になんにも、望んどらん。計画的に自分を作ったんは確かやけど。ただ、元気でいることを望んでるだけやと思うで。あと、三和を受け入れることに困ってるから、そうして、宗教に頼っているのちゃうか』と。
梅さんの言う通りかもしれない。だが、三和は両親の考えは、いまいち読み取れない。三和は、いつも、実家に帰ると寂しくなる。夜中に、食べ物が食べたくなる。つい、冷蔵庫をあさって、食べ物を探してしまう。中川の家では、そんなことはしない。
 三和は、理由を考えるが、ただ、寂しいとだけ思う。彼女の母親は身体接触を避ける。避けたがる。泣いていても、ハグはしてもらえた記憶がない。ハグをしに行くと、夏場だろうか「暑苦しい」という言葉があった。
 そして、いつも、こう言われていた。「お兄ちゃんみたいにワガママを言わないから、楽だわ」と。買い物の際に特別に買いたいものがなくて、何も言わなかっただけなのだが、小さいときに母と買い物に行くと、そう言われていた。 
 家族の、両親の何気ない言葉が今も三和を縛る。プレゼントをされたら、ありがとうと言わなくてはならない。母親に「せっかく、してあげたのに。(拒否をすると)かわいげがない」と、言われたこともある。きっと、三和はこう思う。両親は、愛情をくれたかもしれない。だが、希薄に感じるのは、身体接触がなかったせいじゃなかろうか、と。そして、素直な母に厳しいことを言われてきたせいじゃないか、と思う。
 親に従うことが、認めてもらうことだけが三和の世界だった。三和は母に抱き締めて欲しいのだと振り返りながら、気づく。けれども、それをして欲しいと頼めないのだ。そして、母親が、夜中の三和の暴食をどう思っているのか、怖くて聞けないとも思う。三和は、寂しさで、食べる。そして、寝る前に自分で抱き締める人形を探すのだった。
 三和が実家に帰るのは、薬の管理を家族に任せているからだ。三和は、今は病院の薬が手放せない。自分では管理ができないと思っている。実家で、小分けの袋に日付別でいれてもらうことで、薬の飲みすぎを防いでいる。
 中川の家にいるときは、たまに薬を、飲み忘れる。あわてて、1日分を昼間に飲んだりする。薬剤師や、担当医には叱られそうだ。だが、そうやって、自分で薬を調整している。これは、実家にも、中川にも、紫舟さんにも内緒のことだ。
 家族は、三和の薬の余りを離さない。三和の通っている、薬局の薬剤師が薬を引き取るという広告を出していた。三和は今でも薬を見ると不安になる。だから、薬局に余りの薬を持っていくと家族に言う。しかし、家族は薬を離さない。適当に誤魔化され、うやむやにされてきた。なぜ、わかってもらえないのだろう。と、三和は考えるが、するりと忘れてしまう。どうしたらいいのか。いつまでも、家族が生きているわけではない。また、薬を家族に預けていることで三和は親の支配下にあるような気がしている。そこから、なんとか抜け出したいと思っている。家族は心配で薬を離さないのだろう、と最近思うことがある。花屋で働きだして、一人前にお給料をもらえるようになった。けれども、まだ、娘には不安定な部分があるのじゃないか。心配なのじゃないか。三和の考えすぎだろうか。
 最近、実家に帰るのを辞めた。自分がなぜ帰る必要があるのか、わからなくなった。家族に信用されていないと思う、そう感じることが辛くなった。思い込み過ぎかもしれない。心配は、時たま重たく感じてしまうのだ。三和が薬を大量に飲まないように、と、帰宅して、薬を小分けにする際には、三和の目から、薬を隠すようにする。そんな心配アピールのような、信頼していませんアピールに目をつむっていた。気づいても、気づかないようにしていた。だんだん、そういう気遣いが苦しくなってきた。
だから、実家に帰らなくてもいいと、三和は思った。自分が、苦しくなる場所に、帰らなくても良いと思った。
家族には「お金がないから、家に帰らない。薬の管理は自分でする」とも、伝えた。
担当医にも、そのように伝えた。

紫舟さんと会うと三和は安心する。なぜだろうか、と思い返す。すると、ハグがあるからだと思う。
 
夜は長い。朝になれば、今夜の物思いも忘れているだろう。そう、三和は思いつつ、眠りにつく。
 
翌日--
三和は休みだった。久しぶりの休みなので中川さんと会うつもりだった。けれども、中川さんには、予定が入っていた。
 紫舟さんには、軍事マニアの妹さんが居る。その妹さんから頼まれて、中川に軍事演習のチケットを二人とってもらった。
 中川は、軍事演習の係員で仕事がある。
 中川さん曰く、妹の誘いで軍事演習を見に行く羽目になったらしい。中川さんも、共通の知人を妹一緒に行かせようと画策しているが、なかなか、そうもうまくいかない。寂しさを抱えながら、三和は帰宅した。