受験以外の教科の思い出

>>中学の理科の思い出
中学生時代に、理科の時間にミョンバンで結晶が出来ると聞いた。担当教員がたいそう綺麗な形の結晶(自作)を、授業に持ってきた。
 その日、うちに帰り、塩を茹でた。ミョンバン=塩というイメージだった。結晶作りをやってみて、鍋が塩びたしになり、母にびっくりされた。
 あと、理科の時間に流星が流れると聞いた。肉眼で見えるとも先生が、話していた。その時分は、冬だったと思う。
 夜中に毛布をかぶって、起きていた。窓を開けていた。けれども、のぞく窓の方向を間違っていた。結局、流星は見れずじまいで、先生に文句を言いに言った。すると、方向が違うという指摘をうけた。
 私の住んでいた部屋には、東西南と窓が3つある。
 西側の窓を見ていて、窓をあけていてた。先生曰く、東側のようだった。なんとも切なく、慌てん坊の思い出だ。
 夜中に起きていたことや冷たい風に当たりすぎた結果、体調を崩して、風邪をひいた。多分、流星が見れなかったのもショックだったのだと思う。
 
>>家庭科
中学の家庭科で、『狼に育てられた子』の話を聞いた。教科書に乗っていた、参考文献の本が図書館にあり、読んでみた。後に、狼に育てられた子の話は違うという検証の本が出た。後に出た検証の本も読んだ。
 『狼に育てられた子』の本を読んでいなければ、検証本も、読まなかった。家庭科が、読書体験につながった。

あと、家庭科で裁縫が苦手で居残りした経験もある。母に手伝ってもらったな。今でも、苦手かもしれない。でも、家庭科での、裁縫や、アイロンかけや、ミシンの使い方とかって、ほんまに生活に直結しているなと思う。手芸の趣味も、多分、家庭科の授業から続く気がする。

高校一年の時、家庭科で教わった、卵と牛乳を使ったプリンは、今でも作る。まだ、プリン作りの際に頂いたプリントを残してある。

保健体育の授業で聞いた、ある教諭の子どもに関する悲しい経験も、印象深い。話すのも、思い出すのも辛かったろうな。当時はなんのことかわからなかったけれども、今なら、なんとなく、わかる。お母さん頑張ったんだよ。話すのも辛いのに、話してくれて、先生に申し訳なかったり、先生、頑張ったと抱き締めたい。元あなたの生徒として、今、自分を大事にしたい。

中学の時に聞いた部落の方の結婚を親に反対された話や、広島の原爆ドームの話、新聞で冤罪にされた人の話。

 受験には、役立たなかった。けれども、こういう実際に人に聞いて体験する系の教科の授業や、新聞を教材にした授業って大事だなと大人になってから思う。
 教諭の方々が、どれだけ頑張っていたり、辛い思いをしていたのか、今もまだ、わからない。けれども、とてもとても大事な思い出だ。