片想い(ボーイズラブな文)

 
 きっかけは一通のメールだった。まだ、高校生の頃、仲のいい友人たちと、卒業旅行で香川県に出掛けた。取り立ての、車の運転免許の練習もかねていた。香川県から小豆島にはフェリーが出ており、直島と豊島という一部の島に渡った。お金がなく、美術館の外観だけを見て回った。心臓アーカイブという美術館に、自分の心音を残した。『心のままに生きていきたい』そういうメッセージもつけた。

ちょうど、深夜にケータイのチャットにはまっていた時期だった。チャットが閉鎖されるというので、仲のよい者とはメールを交換していた。

マヤと名乗った相手とは、たまたま、気が合いメールが続いていた。しかし、お互いに忙しくなり、年に数度、お正月にメールを受信するか、しないかの仲になっていた。

『卒業旅行で豊島の心臓アーカイブに行って来た。心臓の音が永遠に残される、不思議な場所やったよ』
『心臓の音を記録出来るんだ。珍しいね。行ってみたいなぁ』

前後のやり取りは、忘れてしまったが、そのあと、お互いに忙しくなり、メールも途切れ途切れになっていった。

···············----

高校卒業後は航空自衛隊に入り、戦闘機の整備がやってみたいと思い、整備の方面で希望を出した。働いてまる九年。久居駐屯地に異動してきた。

 航空機のエンジンは扱っているものが大きく、最初は整備に対して怖さもあった。一つのエンジンでも、ものすごいパーツの数がある。回数を重ねるほどに、知識がましていく。先輩の指導もあり、ようやく“整備"の仕事の面白さもわかってきた今日この頃。

 俺が抱えている悩みの種は、目の前のこの人にある。

「ねぇ、中川君。好きな子とかいるの?」

 デスクで日誌を書きながら、宿直を雑談する時間と勘違いしているとしか思えない。変な質問を投げかけてきた同期の整備士・高田 陽斗(タカダ ヤマト)が、今の俺を悩ませている。

「勤務時間中に話すようなことじゃないでしょう。それよりあなた、いつまで日誌を書いているんですか?」
「ぼく、書き物系は苦手なんだよ。というか、その答え方はもしや……好きな子どころか既に隠し彼女がいたりとか!?」
「いませんよ」

 大体、隠し彼女というのは何ですか。隠す必要がどこにもない。事実婚の妻なら居た。けれども、その話をしたら、この人はきっと根掘り葉掘り聞きまくりそうだから、その話はしない。

「えー、中川君ならいるだろうと思ったのに」
「それは、いいですから、さっさと書き上げましょう。もうすぐ、神戸(カンベ)さんが仮眠から戻りますよ」
「うへぇぇ、それはまずい」

 優しげな顔に似合わず、仕事には情け容赦のない先輩の名前を出す。すると、高田は背筋を伸ばして日誌の続きを書き始めた。

 クソったれ。少しとぼけた同期なのに、こういう所がたまらなく好ましい。そういえば、この人、チャットでもマスコット的なキャラクターだったよな。

 高田が仕事をするのを見ながら、俺は、しばし、記憶の海に沈む。

 高田には話していないが、俺は生まれてからの人生を生粋のゲイとして過ごしてきた。
 俺、中川伊世(ナカガワ イヨ)はゲイだが、一時期、事実婚という契約で、同棲していた女性がいた。籍は、いずれは入れようと思っていた。世間的には、それが望ましいと思っていたからだ。
 契約内容は、世間的に夫婦を演じることだ。
 世間的に、俺の妻にあたる人は、桜井美和(サクライ ミワ)さんという。彼女には別に好きな人が居た。お互いの利益を守るために、彼女と契約をかわした。ゆかりさんも、やむにやまれぬ事情をかかえていた。
 契約者というか、相棒のように俺は思っていた。いつも一緒に居たが、俺はゲイなので一切手を出さなかった。美和さんも、俺に興味を持たなかった。
 人間の気持ちとは、どう転がるかわからない。空の天気なら、まだ、予想がつくかもしれない。
 俺の話が過去形なのは、美和さんが俺に、異性として事実的な結婚を迫ってきたからだ。けれども、ゲイの俺は、異性を愛せない。
 ミワさんには、勝手ながら、俺のことは忘れて、他のやつと幸せになって欲しいと思っている。
 俺は、ミワさんに迫られてから、新居の家を出た。居心地が悪くて、申し訳なくて、家に居るのがつらくなったのだ。
 家を出て以来、ミワさんは、電話をかけてくる。始めは義理で電話に出ていた。けれども、話が平行線になるので、仕方なく、無視を貫くことにした。最悪、付き合っていた間男との逢い引き写真を両親に見せようか。そういう、脅しのカードを切るつもりだ。脅すだけで、絶対にしたくない。今は、連絡は無視した状態だ。
 電話をかけてくるのは、新居のことや今後のこともあるだろう。
 しかし、ミワさんの電話を着信拒否もせず、メールもブロックせず、ただひたすら、無視をしている。
 無視は辛いし、相手はもっと辛いだろう。だが、今は辛いから、考えたくない。俺は、弱い。

 こういう話は、幼なじみの星羽タキ (セイワ)に電話で語り聞かせている。また、アイツに電話でも、しようか。

………
 
 中川が考えの海に沈む間にも、高田は手を動かす。

 高田は、中川が異動で久居に来るまでは同期が居なかったようだ。彼は、同期が出来たことが嬉しいようで、配属日から誠吾に懐きまくっていた。

 中川は、後に回想する。
 初めて高田と会ったとき、どこかで話したような感じを受けた。それでなくても、運がいいのか悪いのか、やや痩せ気味の体格に長いまつげ、そして眼鏡をかけた目はモロに中川好みだった。好みの異性に、注目しないわけがない。
 勤務時間が、重なる度に眼鏡の奥の目をキラキラさせて中川に高田は話しかけてくる。
 危険なのは、訓練後に無防備に身体を晒して着替えている時だ。そういう時に、何度欲情しただろうか。実際の話、着替えてすぐにトイレに直行してたこともある。

 好みは、顔だけではない。陽斗に注目したのは、彼の持つ石からだった。基本的にアクセサリーは禁止だが、持ち歩くには許されている。
 陽斗が珍しい石を持っていたので、中川は理由を尋ねてみたことがある。
 陽斗は、言葉をじっくり、じっくり考えながら話した。
 『香川に心臓アーカイブってところがあってね、自分の心音が残せるんだよ。昔、友だちに教えてもらったんだ。心のままに生きていたいって、メッセージがあったから。メッセージを忘れないように、記念に島から石をとってきたんだ。もう、何年も前のことだし、今はその友だちの所在はもわからないんだけどね……』
 どこか遠くをみるように、そう誠吾には見えた。

 中川は、陽斗がチャットで知り合った、マヤではないかと推測している。

 マヤと名乗った相手は、チャットでは、キビキビと話す様子はなかった。言葉を選んで、周回遅れで話していたような部分があった。

 このように、他愛のない話をチャットでも、よく話していた。しっかりと、マヤは、聞いてくれた。誠吾は、マヤを深い話が出来る相手だと思っていた。

 陽斗の話を聞いて、中川は驚いた。まさか、男だったとは。マヤの話ぶりから、相手を女性だと思っていたのだ。
 今は疎遠のチャット仲間とは、携帯電話の番号や、顔写真などを交換していた。だが、なんとなく、マヤとは、携帯の電話番号も写真も交換せずにいた。ただ、文字のやり取りをしていただけだった。
 マヤの声を聞いてみたいと思っていたこともある。 
 陽斗と会って、毎回声を聞くということは出来た。他人のそら似でなければだが。
 中川は、マヤいや、陽斗が好きなのかもしれない。何気ない会話を覚えていたこと、好みの顔も重なって、気持ちが高ぶる。
 だが、本当にそうだろうか。中川は疑う。

 中川は何回も想像した。いっそのこと、自分はかっての陽斗のチャット仲間で、ゲイだと告白しようとも思った。しかし、変に警戒されて今の距離感を失うのが怖かった。結局、何もできずに今に至る。

 こんなに俺は弱かったのか。

記憶の海から、唐突に高田の声で引き上げられる。

「彼女が欲しいな。こんな仕事してると、なかなか外部の女性と付き合いにくい。出会いは、ほぼないし」

 高田は中川の気を知らず、無情にも“彼女が欲しい”と呟く。中川は、ごく普通の男性らしいと思う返しをする。

「出会いならあるでしょう。久居駐屯地には、若い女性隊員だって多いじゃないですか」
「あ、職場関係は駄目!」

 “職場関係は駄目”とハッキリ拒絶された。その時に、中川の心臓がキリキリ痛んだ。

 ――おお。以外に、しっかりした感じだ。というか、職場恋愛以前に、ノンケにしたら、同性という点でもう圏外か。何で、今、俺はフラれた気分になっているんだ。わかりきったことじゃないか。

 沈んだ中川の気も知らず、高田は言葉を続ける。

「この職場だと、今の一番人気は神戸さんね。僕は中肉中背、顔は眼鏡……全く男として意識してもらえない。顔のせいからか、女性隊員からは『話しやすいから』とか言われる。所詮、僕なんかは相談相手止まり、よくて、良いお友達程度だよね」
「……そういう意味の“職場は駄目”ですか」

 高田が、一瞬でもしっかりした考えを持っていると思った中川は、笑ってしまいそうになった。どうやら、この職場では自分は見た目や性格でモテないからと言いたいだけのようだ。

「悔しいけど、神戸さん、カッコいいじゃん」
「そうでしょうか?」

中川は、神戸のことを思いおこす。内心で、呟く。
 顔立ちが整っているし、華奢な割に力が強いのは認める。けれど、あの人は止めとけよ、高田。
 神戸さんは、人の話を聞かない。真正のゲイだとわかった途端に、同類と認定された。休みの日にアチコチに引っ張りだされる。
 あの人に、やんわり断っても、連れ出される。『それ、もう、誘拐と同じじゃん』と、相談した星羽には言われた。

 あの人の好みが、ガチムチな俺おれ系で良かったな、高田。

 高田の身体があの口の悪い先輩の手で……と、想像するだけでも、何かいわれのない気持ちが芽生えてくる。
 知らぬ間に拳を握りしめていた中川に、陽斗が言う。

「中川君も、イイ男だよね」
「はい? 俺ですか?」

 予想外のタイミングで、名前が出てきた。誠吾はその時、まじまじと陽斗を見た。

「神戸さんみたいな爽やか系とかじゃなくて、見た目はヤンキー風だけど、話すと気さくで優しい。顔と中身のギャップに女子はやられそうだよね」
「何ですか、その“見た目は駄目だけど……”みたいな微妙な褒め方は」

 そりゃ、俺は神戸さんみたいな爽やかイケメンじゃないよ。
 中川は、内心で毒づく。
 中川伊世の見た目は五分刈り頭に、目付きが悪い。普段着のファッションも、派手な竜柄などを着ている。誠吾は第一印象で、その辺のチンピラと間違われて、職務質問をされたこともある。

 自分が残念だと、さらに、実感した中川。彼に、同期の高田は笑顔で爆弾を落とした。

「ちょっと、チンピラみたいで話しかけにくい雰囲気はあるけど。一緒に仕事していると、すごく面倒見がいいこともわかるよ。こうして、日誌を書くのにも付き合ってくれてるし。僕、中川君と一緒にいると安心する。だから、君が好きだよ」
「……」

 これはどういう風に考えても、反則だろう。

その瞬間、中川の時は止まる。あわてて、騒ぎだした心臓をなだめすかすように、言葉を探す。

 今の“好き”に深い意味はないことは充分わかる。くそう。Likeなんだよ。心臓よ、止まれ。心なしか、顔があつい。

「ねえ、高田さん……」
「ん、なに?」

··············----
 もういっそのこと、男でもよくないですか?

 言葉が見つからなくて、呼びかけた。そして、俺は言えない言葉を飲み込む。何かを言いかけた俺の顔を見ながら、高田が続きを促そうと口をひらきかけた、その時だった。

「お疲れ様。高田、日誌は書けたのか」

 狙ってたようなタイミングで、仮眠室のドアが開く。噂をすれば、影だ。神戸さんが戻ってきた。

「たった今、書き上がりました。」
「つまりお前は、俺が仮眠に入ってから、ずっと日誌を書き続けていたんだな」
「えー、一部の備品の整備もしましたよ」
「当然の仕事をしただけで、得意げに胸を張るんじゃない」

 神戸さんに軽く頭をこずかれて、高田は小さく笑う。そういう高田の顔がやっぱりどうしようもなく、可愛い。いい雰囲気の所にわざわざ邪魔に入った先輩を、誠吾は少し恨みたい気持ちになってしまう。

「それじゃ、仮眠に入ります。」

 笑顔で敬礼して仮眠室に入っていく同期の背中を、俺は残念そうに、そして神戸はニヤニヤして見送っていた。中川は、意味ありげな視線を寄越した先輩から逃れるように、コーヒーを淹れた。誤魔化すように、熱々のカップを手渡す。


「いったいその笑いは何でしょうか。神戸さん」
「いや、別に……」
 寝起きとは思えない程の、爽やかな顔には、“お気に入りの玩具で遊んでいる”という表情が浮かんでいる。神戸は、このタイミングを狙っていたのだろう。

 絶対もっと早くに目を覚ましていて、わざとあの時に出てきたに違いない。

「眼鏡と少しは仲良くなれたのか、中川」
「……」

 今までの会話を全部聞いていたと言わんばかりの言葉に、俺は無意識のうちにデスクから立ち上がった。勢いよく立ち上がったもんだから、なにかが落ちた気がする。けれども、かまっていられない。

 これはもう、高田が仮眠室から戻るまでの間に、神戸さんにからかわれる。中川は逃げようとした。遊ばれるのは、ごめんだ。背中に、嫌な汗が流れだす。

 意外にも、神戸は立ち上がった中川に気合いを入れるように、拳で軽く腹をこづく真似をする。

「あの鈍感な眼鏡を落とすのは、相当キツいぞ。腹に気合いを入れていけ」
「――はい!」

おや?以外にも、神戸は中川を応援してくれているようだ。神戸の声に咄嗟に返事をした。

また、神戸がにやっとしたような気がする。
「夜風にあたってきます。」

つい、立ち上がった手前、何か理由をつけて、宿舎を出た。

外に出ると、若干風が強かった。風にあたりながら、中川は考える。

 マヤは、もう俺のことは忘れている。けれども、メールで語った豊島の思い出を忘れまいとしている。

今は、何も言えない。だけど、いつかはきっと……。

そんな決意をする。

そうだ、この夜勤があけたら、また、星羽に電話しよう。あの野郎に、今夜の顛末を聞かせよう。なんというだろうか。一昨日も、ミワさんの電話を無視して、星羽に電話をかけた。久々の休みだとか、姉の命令で東京に行くから四時おきだとかほざいていたが、そんなの俺の悩みに比べたら、些細なことに過ぎない。アイツの姉さんも、押しが強かったんだな。

月だけが、こうこうとひかっていた。

Fin.